2024JSTグループ 島根電機新棟施設

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2024JSTグループ 島根電機新棟

施設

島根県大田市にある、JSTグループ島根電機の新棟計画である。計画地は既存工場北隣の、東西約150m、南北約40mの長方形敷地で、事務所、工場、試験室、食堂、リフレッシュなどの機能を併せ持つ新棟が求められた。私たちが提案したのは、特定の用途を内包した塊を石庭のように配置し、その周りを透明感のある柔らかい空間で包み込む建物。屋上も含めて立体的に回遊できたり、ちょっと座れる場所をちりばめることで、使う人それぞれがお気に入りの場所を見つけ、様々な風景やしぐさが見て取れる。塊の間から垣間見える人の動きさえも、風景の一部に溶け込むような空間が実現した。

2021年9月、「石見神楽の厳かさと華やかさを象徴する新棟」にしたいとの一文が添えられた一本のメールから、プロジェクトはスタートした。コロナ禍でありまた遠方のクライアントでもあったので、打合せはオンラインで進んでいく。意思決定が明快で、まかせてもらえる部分も多かったので、思っているよりもスピード感をもって話は進んでいった。会社に行きたくなるセカンドハウスのような職場、人は快適な場所で働き製品はロボットが作る、文化財として後世に残る建築、島根であるからこその働き方、アール・ヌーヴォー、安土桃山や元禄の文化などなど、まだ見えぬ完成形に期待するキーワードが数々飛び交う。聞けば、JSTで近年建てた建物は建築雑誌を飾っているとのこと。これは大変なプロジェクトだという実感とともに、地方の設計事務所でもこれだけのことが出来るということを発信する契機になると感じていた。

基本設計時に掲げたコンセプトは「健康・景観・環境」。これらは重要なテーマではあるのだが、コンセプトというにはちょっと物足りない。むしろ計画目標とでもいった方が良いかもしれない。「石見神楽の厳かさと華やかさ」という文言が、なかなかに頭を悩ます。島根であることの意味、都会では実現できない働き方とは、などと考え続けていくうちに、「厳かさと華やかさ」にも相通ずるコントラストの強い空間の骨格が浮かび上がってきた。重厚さと軽やかさ、集中とリラックス、必然性と偶然性、そのようなメリハリのある建物こそが相応しいのではと。

設計当初より、環境デザインへの挑戦は常に念頭にあった。それも太陽光パネルの設置や高効率機器の採用という付加的な技術対応ではなく、この場所や周辺環境から得られる恵みを建物に活かしたいと。まず着目したのが、工場ならではのコンプレッサーの排熱。24時間稼働するコンプレッサーからは、60℃程度の暖気が常時放出されるが、これを熱資源として空調システムに活かしたいと考えた。また年間を通して安定している、深さ100mの地中へ竪孔を掘って地中熱を回収し、さらに建物の基礎ピット内をクール・ヒートチューブとして、これらをデシカント空調システムとして構築。その場にすでにあるものを活かし、また工場が稼働するほど社員の快適性に寄与するという、エネルギーのカスケード利用を実現している。

こういったプロジェクトを成功に導くためには、良いチームをつくることが必須であることは言うまでもない。一緒にプロジェクトを進めたいと思った意匠設計者、構造・設備エンジニア、照明・家具・ランドスケープデザイナーに声をかけ、皆から快諾をいただいた。このメンバーで設計チームを構成できたことで、プロジェクトの半分は成功したようなものである。また施工各社や職人方とも、緊張感はありつつも良い関係が築けたことは本当に有難かった。デジタル化が進んでも、実物をつくりあげるのはあくまでも人の手である。現場ではミリ単位の検討がなされ、コストや工期と向き合いながらも、おさめるための試行錯誤やトライアンドエラーが連日行われた。出来上がった建物は、一見すると複雑で難易度が高い様相を呈してはいるが、決して破綻はしておらず、すっきりと違和感なくおさまっているように思う。

そうして完成した新棟は、大地から削り出されて隆起したような量感のある塊と、それらを纏うように覆う柔らかな空間で構成される。特定の目的を持つ空間は塊の中に集中、そこから一歩出ると風景の一部に溶け込むような場に。それぞれの場所を緩やかにつなぎ、ちょっと立ち止まれるスポットを点在させる。社員同士のコミュニケーションが自然発生的に生まれるような仕掛け。多様な働き方が混ざり合う建物だからこそ各寸法には注意を払い、スケール感とプロポーションのバランスが崩れないように。

出来上がった空間を歩いてみて連想したのは、「石(いわ)と雲の建築」。石見地方の原風景にあるようなゴツゴツとした石山と、その間をたなびく雲のような建築。石見と出雲の文化がまじりあう大田の地に、コントラストのきいた島根らしいワークスペースが実現できたのではないかと思う。

設計・監理
建築:安藤大輔、安藤かおり、岡真志(岡真志建築設計事務所)、松岡俊将(建築設計事務所飴屋工房)
構造:寺本道彦(MNQ構造デザイン)
設備:石川和則、児玉一哉(環境設備計画)
照明デザイン:岡本賢(Ripple design)
家具デザイン:橋谷昇、中村晴菜(848Design)
ランドスケープデザイン:大野暁彦(SfG landscape architects)
環境デザインアドバイザー:小林光(東北大学大学院工学研究科)

施工
松江土建株式会社、島根電工株式会社、イマックス株式会社

撮影:ZOOM 淺川敏
ドローン撮影:SATOH PHOTO 佐藤和成